メキシコ麻薬戦争

メキシコでは、1980年代以降に創設された麻薬カルテルのボスに最高幹部の大部分の人たちが逮捕されているか、もしくは射殺されています。そしてこれらの麻薬カルテルと政府が麻薬戦争を開始したのは、2000年代以降のことです。特に、フェリペ・カルデロンがメキシコの大統領になり、「麻薬没滅戦争」を本格的に開始した2007年からメキシコでの死者はうなぎのぼりに増えました。メキシコ軍と戦闘を開始すると、数時間も戦闘に応戦できるように麻薬をアメリカに売り、売ったお金を武器弾薬に変えて兵器増強に走り、他のカルテルが武装化すると、それに対抗するため他のカルテルも武装するため、あっという間にメキシコは武器弾薬が流通する都市になりました。

メキシコ麻薬戦争の激化

2007年は麻薬抗争での死者が2000人を超えて「最悪の麻薬戦争」とも言われましたが、亡くなるのは麻薬カルテルのメンバーだけではありません。メキシコの警察官や軍人たちも、カルテルとの銃撃戦で亡くなっています。2006年12月1日にフェリペ・カルデロンがメキシコ大統領に就任から、カルデロン政権はアメリカ合衆国の捜査当局と協調しながら、麻薬の密造・密輸カルテルの撲滅に全力を挙げています。密輸カルテル側は、カルデロン政権に対して実力行使で反撃しています。2007年の2000人を超える死者を出した状態から、毎年のように数千人の死者を出している有様ですが、カルデロン大統領側も行政や警察組織を総動員して、密売組織からの恐喝や癒着によって行政が機能していない場合には、警察幹部や州知事であっても逮捕するという不退転の姿勢で臨んでいるため、軍隊の投入も各都市で行われています。

癒着と激化する紛争

2008年4月に、バハ・カリフォルニア州での反麻薬キャンペーンの担当者だったセルジオ・アポンテ将軍は、地元の警察に対していくつかの横領の申し立てを行いました。セルジオ・アポンテはその申し立ての間に、バハ・カリフォルニア州での誘拐対策班が、実は犯罪組織の誘拐チームと共に働いていると考えていたため、その買収された警察官たちが麻薬密売のボディーガードとして使われていると述べています。セルジオ・アポンテ将軍による、誘拐対策班が買収されているといった腐敗の告発によって、贈収賄や脅迫、そして腐敗によってメキシコの麻薬組織に対する進展が妨害されていたことが暗示されました。

そして4月26日、バハ・カリフォルニア州のティファナ市で、ティファナ・カルテルとシナロア・カルテルのメンバーの間で大きな戦闘が起こりました。そしてこの時には17名の死者を出しています。。この戦いでは、ティファナ市とのほかに、アメリカと国境を接する都市が、麻薬戦争で暴力のホットスポットとなり、アメリカへ暴力が拡大されるのではないかという懸念をもたらすことになりました。9月には、モレリアで麻薬カルテルのメンバーらによる手榴弾攻撃が起こり、この手榴弾攻撃で8名の一般市民が死亡して、100人以上が負傷しています。

2009年3月に、カルデロン大統領は麻薬戦争に備えて5,000人のメキシコ軍を招集して、シウダー・フアレスに派遣しました。この際、アメリカ国土安全保障省は麻薬戦争によってメキシコからアメリカに国境を越えて溢れ出してくるメキシコの麻薬による暴力に対抗するために、アメリカ国境警備隊を用いることも考えていることを述べています。そして実際に、アリゾナ州およびテキサス州の知事は、連邦政府に対して、既にそこで活動している麻薬密売に対する地域の警察組織を支えるために、国境警備隊の部隊のさらなる派遣要請を行っています。

どうして拡大していくのか?

メキシコのカルテルは以前から存在していますが、コロンビアのメデジン・カルテルとカリ・カルテルの終焉したことでメキシコ・カルテルはメキメキと力をつけてきました。フロリダを通じてコカイン密売ルートが閉鎖されたことで、コカインのルートがメキシコ側にプッシュされたことも、コカイン密売でのメキシコ・カルテルの役割を増大させることになりました。

メキシコ・カルテルは、現在アメリカで麻薬密売を支配する強力な暴力組織となっています。コロンビアは麻薬を生産するところとなっているとまで言われるほど、メキシコ・カルテルの規模は大きく巨大になっています。FBIによると、メキシコ・カルテルは卸売の供給に集中していて、違法薬物の小売販売はストリートギャングに任せているため、供給するとに主軸を置いています。

メキシコ・カルテルは、メキシコの選挙でも政治的にメキシコ・カルテルの影響力を増大しようと働きかけています。カルテルは、ヌエボ・ラレドからサンディエゴまでの密輸ルートのキーポイントにおいて激しい縄張り争いを行っています。メキシコ・カルテルは、暗殺者のグループを使用して縄張り争いを行なっています。アメリカの麻薬取締局は、現在国境に沿って活動しているメキシコ・麻薬カルテルは、アメリカの警察史上他のどの犯罪者組織よりも、はるかに危険でそして洗練されていることを報告しています。メキシコ・カルテルは、グレネードランチャーや自動兵器、ボディアーマーを使用するだけではなく、いくつかの組織では即席爆発装置を使うことでも知られています。

麻薬戦争で犠牲者となった数は時が経過すると共に大幅に増加しています。麻薬戦争に関係した死者は2006年に2119人、2007年には2275人、2008年にはなんと2007年と比べると5207人と2倍以上になっています。次の2年に渡っては、ますます死者の数が大幅に増加しているため、2009年には6598人、2010年には11,000以上の死者が出ています。

被害者の数

  • 2006年・・・62人が殺害
  • 2007年・・・ 2,837人が殺害
  • 2008年・・・ 6,844人が殺害
  • 2009年・・・ 9,635人が殺害
  • 2010年・・・ 15,273人が殺害(12人の市長がチワワ州、ドゥランゴ州、ゲレーロ州、オアハカ州、ミチョアカン州で殺害されたほか、知事の候補者も殺害)
  • 2011年 ・・・24,068人が殺害
  • 2012年・・・ 18,061人が殺害