いろんな作品を手がけるリュック・ベッソン

『コロンビアーナ』は、超スレンダーなゾーイ・サルダナが暗殺者としてハードアクションをこなしますが、リュック・ベッソンの作品の中で「ニキータ」「レオン」に続く暗殺者の登場になりました。リュック・ベッソンは監督して心がけてのモットーは「決して同じような映画は作らないこと」となっています。確かに海洋ロマン作品の『グラン・ブルー』の監督と『レオン』『ニキータ』の監督が同じだとは、ちょっと思えないのであります。それだけに沢山の作品を手がけていながらも、世に送り出す作品の数々を見るとリュック・ベッソンの才能は枯渇することがないのでは?!と思えないほどです。

リュック・ベッソン

プライベートなことを話すことがないリュック・ベッソンですが、監督として手がけた作品の「レオン」ではナタリー・ポートマンを見出し、「フィフス・エレメント」で一躍ハリウッドのスターダム女優へと駆け上がったミラ・ジョヴォヴィッチといった数々のミューズを発掘しています。才能ある女性を誰よりも見つけることに優れている目を持っています。リュック・ベッソンは幼い時から彼独自の世界観と才能を放っていました。特に思春期には類稀な独創性をいかんなく発揮して、周囲の人たちを驚かせています。そして、暇つぶしをするために書き始めた小説は『フィフス・エレメント』の作品世界として、生かされているのです。

リュック・ベッソン映画人への道

ほとんど話すことがなく、プライベートな話題が上ることはありませんが、バレエを習っていたことがありました。今の大きな身体からは想像することが難しいのですが、2011年公開映画の『The Lady アウンサンスーチーひき裂かれた愛』で主演を演じた女優ミシェール・ヨーとは同じバレエ学校で先輩後輩の間柄というから、かなり意外なことです。

リュック・ベッソンの両親は共にスキューバダイビングのインストラクターということもあって、子供時代は地中海の沿岸で過ごしていました。リュック・ベッソンのその頃の将来の夢は、イルカを専門にした海洋学者になるということでしたが、スキューバダイビングの事故が原因でその夢をあきらめることになりました。そして高校を17歳で中退した後に、ゴーモン社というフランスの老舗映画会社へニュース番組のアシスタントとして務めていました。そして、海を越えてアメリカへ渡り、3年間アメリカへ移住してハリウッド流の映画製作を学びます。

そして1フランスへ戻り助監督などを経てから、リュック・ベッソン自らの映画製作会社を起こし、その会社は後に改名して”Les Films Du Dauphin”(イルカ映画会社)として現在に至ります。1980年代に、エリック・セラという映画音楽の作曲家に出会います。エリック・セラは『007ゴールデンアイ』の音楽などを手がけた作曲家ですが、リュック・ベッソンは自身初となるショートフィルムの"L Avant dernier"の構成を依頼して以後、エリック・セラとリュック・ベッソンはバンド仲間としてだけではなく、創作する上で最も重要なパートナーとして数々の作品を共に手がけることになります。

1983年に監督して長編作品となる第1作目「最後の戦い」を発表しますが、この作品がアボリアッツ国際ファンタスティク映画祭で大きな話題になります。そして一気に有望な若手監督として注目を集めることになりました。そして1988年の「グレート・ブルー」で世界的にも大いに注目を集めることになり、日本ビクターやゴーモンの出資で製作された「ニキータ」や「レオン」といった作品を発表して、世界のヒットメーカーとなりました。

1999年歴史巨編作品の『ジャンヌ・ダルク』以降は、監督してではなくプロデュース業や脚本執筆を中心に活動していますが、ショートフィルムなどに関して演出を手がけることもあるため、日本車の宣伝用フィルム(マツダ)や2012年夏季オリンピック候補地だったパリのプレゼンテーション用のビデオもリュック・ベッソンが製作しています。

かつて監督業については、10作品程度を手がけたら引退するということを公言していました。2006年9月に『アーサーとミニモイの不思議な国』3部作をもって監督業を引退することを発表しましたが、この作品が日本公開に伴うプロモーション活動の一つとして2007年6月に来日した際にも、監督業からの引退を宣言しています。ところが、2010年公開の『アデル/ファラオと復活の秘薬』では、リュック・ベッソンが再び監督を務めていますが、この作品をプロモーションしている際のインタビューで監督業からの引退宣言を撤回しています。

リュック・ベッソンの作風は、ハードボイルド・アクションの『レオン』や『ニキータ』のようなものから、『フィフス・エレメント』のような明朗で快活な冒険活劇だけではなく、独自の解釈での歴史巨編の『ジャンヌ・ダルク』といったジャンルなど、とても幅広くなっています。日本ではリュック・ベッソンの作品といえば『レオン』や『ニキータ』といったイメージがありますが、暴力的ともいえるこの『ニキータ』『レオン』といった作風は、その当時フランスで起こっていたバブル経済へのアンチテーゼとして暴力的な作風として描かれているので、2008年以降の世界的規模の不況になってからというもの、誰でも気軽に楽しめる愉快な作品を作り上げています。ヒロインを発掘することが多く、また見出した女優がスターになることが多くなっていますが、リュック・ベッソンの作品は『コロンビアーナ』のように、主人公が女性であったりするほかにも、物語の軸に女性を置くことが多くなっています。これに関しては、リュック・ベッソンは、女性について「特徴の違うお互いに必要な相手として認め合うべき」と語っています。

リュック・ベッソンの私生活

1993年に、女優マイウェン・ル・ベスコとの間に1女をもうけています。このマイウェンは愛称ウィンウィンで『レオン』へ出演している時のクレジットは、ウィンウィンになっています。『フィフス・エレメント』にも登場していますが、このときのメイクは特殊メイクでの登場ですが、この作品はマイウェンの代表作のひとつになっています。

何年に結婚したのかは不明ですが、『ニキータ』で殺し屋の主人公を演じたアンヌ・パリローとも結婚をしていて2人の間には、娘を一人もうけています。アンヌ・パリローとは『ニキータ』作品が完成した後には離婚しているようです。その後女優のミラ・ジョヴォヴィッチと1997年11月14日に結婚しています。ミラ・ジョヴォヴィッチは、1997年の『フィフス・エレメント』での演技力と美しさが大きな話題となりました。その後、1999年にミラ・ジョヴォヴィッチと離婚しています。現在は、2004年8月18日に結婚したヴィルジニー・シラと共に暮らしています。彼女はヴィルジニー・ベッソン=シラとして、リュック・ベッソン監督作品で製作として活躍しています。